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秀吉公が築いた「伏見城」お膝元より

こんにちは、広報担当の大坪です。
弊社の社屋が移転致しました“伏見区桃山町泰長老(たいちょうろう)”と言う場所は、実は歴史好きでなくとも誰しもが耳にしたことがある、豊臣秀吉公が築いた「伏見城」の遺構の地でもあります。

本日は、そんな歴史地区より建築話をお届け致します!

昨年発見された新たな遺構

2021年11月末に、歴史好きにはとんでもないニュースが飛び込んできました。なんと、豊臣期伏見城としても初期の「指月・伏見城」のものと見られる石垣跡が、想定外の区域で発見されたのです。
これによって指月伏見城は、単郭式(たんかくしき、本丸のみの城)ではなく複郭式の城、つまり本丸だけでなく二の丸なども持つ大規模な城であった可能性が高まったそうです。

地震によって倒壊したと言われる指月伏見城ですが、現在も宇治川に掛かる「観月橋」は鎌倉時代から存在したともいわれ、秀吉公が付近で催した月見の宴が由来で1873年の再建時に名付けられたそうです。弊社はその観月橋そばから、お客様の暮らしに寄り添う住宅をご提案するお手伝いを致します。

リンク― 秀吉が築いた初期伏見城の石垣跡発見 ―京都新聞2022年12月1日

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石垣とは

昨年思わぬ場所で発見された指月城の石垣。お城の石垣と言うと、美しく整った石を隙間なく積んだ、江戸城のような石垣が想い浮かぶかもしれません。しかし石垣が発展した戦国時代は、今のイメージとは全く違う野性的・自然な石垣だったのです。

野面積み

戦国時代初めの城は土の平城でした。そこに鉄砲が登場したことで、高い場所から射撃できる櫓を安定させるために石垣が重宝されるようになり発展したと言われています。
 野面積みとは、自然の石をそのまま使用し、できた隙間に間詰め石を詰め込む石垣です。地震の際でも間詰め石がクッション材になり崩れにくく、間詰め石が割れた場合は詰め直して修復していたそうです。

その野面積み他、石積みで有名なのが「穴太衆(あのうしゅう)」と言う石工集団です。古くから比叡山ふもとで寺院関係の石積みを行ってきた穴太衆を置いては、石垣の歴史は説明不足と言えるでしょう。

石工・穴太衆(あのうしゅう)

昔の「穴太(あのう)」という場所、現在の滋賀県大津市坂本の辺りに居住していた石工集団があり、彼らは「穴太衆」と呼ばれてきました。天智天皇の都・大津京の建設や、古代から交通の要衝として栄えた大津から比叡山麓・比良山麓の琵琶湖西岸一帯は、5,6世紀・古墳時代頃には技術や知識を持った集団が集住していたようです。
技術が更に高められたのは“比叡山延暦寺”の開創によると言われ、穴太の里に居住していた石工たちは様々な石積みや石加工などに従事して、技術を高めていったと推測されています。

そして、穴太衆は令和になった現在も健在で、株式会社粟田建設と形を変え今も「石の言葉を聞く」石工として活躍されています。

穴太衆の活躍が世に轟いたのは、織田信長による安土城の築城がきっかけと言われています。全ての石積みを穴太衆だけで積んだとは言えないようですが、地元の石工集団である穴太衆が中心的な役割を果たしたことは間違いないでしょう。その後は各地の大名から招かれ、全国各地で穴太衆が石垣を手掛けた城が沢山誕生しています。

写真左:滋賀県大津市坂本の街並み
写真右:日吉大社への参道と穴太衆の石積み

石垣の種類

さて、石垣と言っても形は様々あり、大きな加工された石が寸分の狂いなく積まれているものなどは、「昔の技術ってすごい・・・」とホレボレしてしまうものですよね。
石垣の加工法は大きく分けて3つ、積み方は2つの方法があります。
<加工法>
① 野面積み
前述の通り、ほとんど加工されていない自然石を積み上げます。裏側がしっかり組みあがっていれば、表側がボコボコでも倒れない強固な石垣になります。
② 打込接(うちこみはぎ)
石を打ち欠くなどして加工し、石同士の隙間を減らす手法です。野面積よりも高く急な石垣を造ることができます。
③ 切込接(きりこみはぎ)
石同士がピッタリあうように接合面を加工し、石同士の隙間が完全になくなる手法です。コストや技術面の問題であまり普及しなかったようです。

写真左:野面積
写真中:埼玉県行田市の忍(おし)城/打込接(うちこみはぎ)
写真右:打込接の石垣

写真左:江戸城天守台跡/切込接
写真右:江戸城の切込接

<積み方>
① 布積(ぬのづみ)
ある程度高さがそろった石材を使い、横の目地(継ぎ目)を通す積み方です。
② 乱積(らんづみ)
不揃いの石材を使用するため横目地が通りません。乱積では長方形と多角形の石を同時に使うこともできますが、バランスがとりにくいため積み上げに高い技術が要求されます。

このほかに、六角形の石を積む「亀甲積」や石材を斜めに積む「谷積(落し積)」などもあります。

写真左:布積/切込接
写真右:乱積/切込接

同じ切込接でも積み方で全く印象が違いますね。

写真:江戸時代に積まれた亀甲積/岐阜県 馬籠脇本陣

まとめ

日本の城郭建築の技術は、現代に残るお城のごく一部を見るだけでも圧倒されるものがありますね。昔に比べて重機も技術も発達している現代ですが、穴太衆のように失われず脈々と受け継がれてきた技術を大切にしていきたいものです。これからも精進してまいります!
TAKAYASUでは伝統工芸を守り生かすため、内装のマテリアルとして積極的に取り入れる試みも行っています。新築のみならずリフォーム・リノベーションでもぜひ、お気軽にご相談ください!

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